栄高産業社内リレーブログ

記事カテゴリ

Loading....

月別 アーカイブ

2011年09月14日

上杉謙信 女性説 

おはようございます。

ブログランキングも皆さんの応援で、現在2位まで上がってきました。
本当にありがとうございます。

自分がブログを書き、2位から3位にダウンしたらどうしようとか思い、プレッシャーを感じながら必死にブログネタを考えました。
(これでダウンしたならば、怖~いメンバー達に何言われるか?)

これぞまさしく、延長12回裏、2アウト満塁の逆転のチャンス、木曜日担当の佐藤です。
(すみません、訳分からない表現ですけど・・・・・)

最近、最強の戦国武将と呼ばれた上杉謙信に最近少し興味がでてきました。
学生の頃は、全く歴史に興味が無く勉強もしなかったのですが、どうしても考えてしまうのが上杉謙信の女性説があることです。

そこで、ネットで女性説を調べました。

① 生涯独身を通した訳
妻をめとらなかったのは、自分が女性だったのでは?

② 肖像画とは違う顔
私たちが目にする肖像画は、実際の顔とは違うと言われています。
現在の肖像画は、謙信が亡くなった後、江戸時代に画家のイメージで描かかせたものだと言われています。
戦国時代では当たり前だった女性城主も江戸時代になると認められなくなった為、仮に女であったことが分かってしまうと、お家断絶になってしまう恐れがあったと言う説

まだまだこの他に、ごせ唄に歌われていた
生まれたまいし、まんとらさま(上杉謙信)は、城主さまのおんために、赤槍たてて御出陣『男もおよばぬ大力無双』 男もおよばぬとあることから、女性の事を歌ってるように思える。

脳卒中で倒れたのではなく大虫、当時では、しゃく虫婦人の血の道を起こすというもの
(現在で言えば更年期障害。婦人病の事)

又、毎月10日前後になると腹痛があり、合戦中にもかかわらず兵を引いて10日ほど城に引き籠もっていたとのこと。
(これって生理痛?)

まだ、沢山の説があるそうですが、これだけの説でも十分女性だったのではないかと思ってしまいます。
もし、謙信が女性だったならば、義を大切にし、戦略を立てて戦うと負けを知らなかった事って、本当に凄い女性だったのかもしれませんね。

(う~ん、真実が知りたい)

ブログランキングに参加中です。
どうぞ、クリックをお願いします。

 

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 上杉謙信 女性説 

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://eiko-35.co.jp/blog/mt-tb.cgi/798

コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。

AX