皆さん、こんにちは、木曜日担当の佐藤です。
今回は、仕事の情報を発信しようと考えていたのですが、先週、我が家で、悲しい出来事が起きてしまいました。
家族全員が、大の犬好きで、三匹飼っている中の一匹が一生をおえて、残念な事に天国へ旅たった事です。
下の娘が三歳の時にもらってきた子犬(マルチーズ)雄で、名前はドン、今年で十五歳でした。
十五歳と言ったら、老犬です。
当時から三歳の娘は、弟みたいにかわいがり、仲良く友に育って来たと思います。
また、嫁さんと喧嘩した時などは、自分と嫁さんの間を行ったり、来たりして、
犬の言葉は通じないのですが、ワン、ワンと
「喧嘩したらいかんよ、仲直りして」と、言っているように自分の顔をよく見上げていました。
子供達が宮崎に出て行ってからも、愛犬ドンがいたからこそ寂しくない思いをしてきました。
食事の時の会話もはずんでいましたね~
しかし、十五歳になり、かなり病気気味で心配していました、当日の朝、私が仕事に出る時に、めずらしく玄関まで見送ってくれたのです。
「ドン、見送ってくれて、ありがとうね~」
と言って車に乗り会社に向かいました。
それから、数分たったでしょうか、泣きながら嫁さんからの電話で、
「ドンが倒れて大変」とのことでした。
(もうだめだ)と思いましたね
二度めの電話が又すぐにあり、
「心臓止まったよ」て聞いた時は、車を道横に止め思わず号泣しました。
後で思ったのですが、めずらしく玄関まで見送ったのは
「お父さん、長い間可愛がってくれて有り難う」
と言っていたのかも
一日の仕事も手につかず、仕事終わって家に帰ると、重い空気が立ち込み、泣いてばかりの嫁さんの姿・・・・
慰めるのも辛かった。
(愛犬家じゃ無かったら、こんな悲しい思いしなくていいのに)とも思いましたね
かわいそうに、嫁さんは、まだ、今でも食事が喉にとうらない位、寂しいく、悲しんでいます。
当然ですよね、
十五年間、我が子同様に食事の世話や、トイレの世話、又、毛の手入れ等をこまめに行ない可愛がっていましたからね・・・
十五年間、愛犬ドンと生活する中で、家族全員が沢山いろんな事を学ばされました、本当に感謝しています。
ありがとう、愛犬ドン・・・・(涙)
ハートフルEIKOのブログ記事一覧
十五年間ありがとう。
気になる映画
こんにちわ
水曜日担当の金丸です。
ブログを書くようになってから、特に1週間が早いように感じます。
今日は直前まで、なにを書こうか迷っています。ネタがみつからないので、この前感じた事を書きます。
数日前、父の日に娘から映画でも見にいったら?と勧められました。もともと、映画は大好きで若いときはよく行きました。しかし、最近はすぐビデオになりいつでも見られるという感があって、ここ何年も行っていません。
その日も、わざわざ映画館に行くのがおっくうで行かなかったのですが、後で聞いてみると、新田次郎原作の剣岳(点の記)という映画だったようです。 新田次郎は富士山頂の気象観測にも従事した気象庁の職員で後に作家となり山岳小説を得意とした人です。実は若いときに、この山岳小説にはまってしまい読みあさっていた頃がありました。
それで興味がわき調べてみました。
今回の映画は日本地図完成をめざし明治40年陸軍による立山連峰剣岳の測量隊の物語です。今はやりのCG(コンピュターグラフィック)を使わず、全て実写によるもので、結果、迫力のある映像に仕上がっているとのこと。
登山は、ただひたすら山を登るだけですが標高2000m以上になると状況が変わってきます、特に3000m級では、全く想像をはるかにこえる状況になるそうです。そういう極限のなかで仲間との命をかけた友情、信頼、に感動し、だんだんと物語に引き込まれていきます。
また、今でこそ、測量は簡単にできますが、技術のなかった昔のひとの測量にも興味がわきますね。
我々、土木屋仲間も登山が趣味の人もひまを見つけて一度見られては?
今日は、思いつくままを書いてみました。スミマセン
器の大きさ
農業をしながら、石屋といって自然石を利用して、石垣を作る仕事をしていた祖父は、それはそれは厳しい頑固一徹な人でした。
葬儀の時までは、結構人も多かったのですが、葬儀後は親戚が1人残るだけとなり寂しくなりました。
ある時1人残ったN伯父と祖父の昔話をいろいろしていました。
その伯父が二十歳過ぎの頃、資格を取ろうと専門学校に行って2年ほどたった頃、進路について悩みはじめ
(自分がやりたいことはこれなのか?別の道に進みたい。でもここまで勉強してきたのに…)
と考えまさに人生の岐路に立っていました。
厳格な父に話せば、『今までの勉強は何だったんだ!』と雷が落ちるのは目に見えていると日々悩んでいた時怖くてまともに目も合わせられなかったという父親から手紙が届いたそうです。
その内容は、有名な徳川家康の
『人生は、重き荷物を背負い長き坂を上るが如し』
の名言がしたためてあり、その後に
『故郷に錦を飾れ』
と書いてあったそうです。
たったそれだけの短い手紙ですが、私自身
(えーそんな粋なことをする人だったのか!)とビックリしました。
伯父は、その手紙を受け取り
(悩んでいる自分の気持ちをわかってくれて、厳しくとも進みたい道に進めと背中を押してくれた。)
と心から感謝をして、一人前になるまでは絶対帰らない!と心に決め、10年以上里帰りをせず修行をしたそうです。
泣きながらその話をする伯父に相づちをうちながら、そろそろ自分の子供もそんな時期に来たなぁと思い、もし息子からそんな相談やそぶりを見せた時、祖父のような粋な対応ができるのだろうかと考えました。
厳しく子供を育てながらも、本当に必要な時にはそっと手をさしのべる。
親としては当然の事ながら、やはり難しいこと。
でもおそらく避けては通れない事。
祖父のDNAも引き継いでいる自分としては、その力を開花できるよう更に精進しなければと考えさせられました。
体格は一回りも二回りも小さかった祖父、でも器の大きさはやはり何倍もでかいようです。
ありがとうございました。
「5S活動」をとおして
ブログ更新が遅くなってスイマセン
本当は今日の朝にはブログアップしないといけなかったのですが、昨日から全く時間がとれず先ほど夜の10時から書き始めました。果たして土曜日内に書き終えるのか自分で心配ですが、頑張ろう!
前回、二人の先生の出会いにより、弊社の改善の歴史を簡単に書きました。
【5S活動】 5年前~
【限界利益管理】 5年前~
【中期5カ年・単年度計画】 3年前~
【管理会計】 2年前~
【MAS監査】 2年前~
一番最初に戸敷先生から教えてもらったことは【5S活動】です。
【5S活動】については戸敷先生のオフィシャルやブログに詳しく説明してあるので、そちらをご覧になってください。
「5S」とは延岡営業所の金丸所長も書いていましたが、
【整理】 seiri
【整頓】 seiton
【清掃】 seiso
【清潔】 seiketsu
【躾】 shitsuke
その頭文字をとって「5S」なのですが、これだけ見れば
「な~んだ!片づけて綺麗にすることか」
と思われる方もいるでしょうが、戸敷先生のすごいところはこれを「会社の仕組み」に持っていくところ。
「5S」の一番の目的は
「全社一丸体制を作ること」
今のこのような時代に戦える組織にするためには、「全社一丸体制」は絶対に必要条件なのですが、企業には少なからず複数の人間がいます。年齢、性別、性格、個性、好き嫌いなど全く違う人間がいる中で、この「全社一丸」を作ることは至難の業です。(私の場合)
初代で会社を作って、「俺につてこい!」とカリスマのある社長ならいざしらず、私のように経験も力量も勉強も不足している者にとっては、「全社一丸体制を作れ」と言われても、何をどうしたらそのようになるのか分かりません。そんな私にとってこの【5S活動】は暗闇の中の一点の明かりに見えました。
おかげさまで、我が社も変わるきっかけができたのですが、まず何をしたかというと
①5S委員会(改善委員会)の立ち上げ
②5Sルールの作成
③全員教育(教育訓練)~なぜしなければならないかの教育
④「整理~いる物といらない物を仕分けて、いらない物を捨てること」をやる
⑤「整頓~整理をして残ったいる物を再配置し、誰にでも分かるように表示すること」をやる
⑥「清掃~清掃を通し整理・整頓を管理すること」を続ける
⑦「清潔~3Sを維持管理すること」を続ける
⑧「躾~全員でルールを守り、全員で続ける」
これを教えて頂いて、会社の仕組みとしてやり始めたのです。
全員で「整理」をしました。大型ダンプで4~5台分の物を捨てたでしょうか。
ま~出てくるわ、出てくるわ!
5S委員会の「5Sチェック」で
「社長の机の下が汚い!」「車の中が汚い!」
と指摘を受けたこともあります。
やり始めてから2、3ヶ月過ぎた頃でしょうか。取引会社の社長から
「おたくの会社、なんか変わったね!綺麗になったね!」
と言われたときの嬉しかったことは、今でも忘れません!
文章で書くと簡単に変われたのかなと思うでしょうが、いざやってみると大変なことはたくさんありました。
書けばきりがないので書きませんが、今一番思うことは
私の思いをみんなに分かってもらうこと、理解してもらうことが一番大事
社長は、思いつきで改善しようとやってみても、また単独でやろうとしても絶対に無理だと言うことも、いやというほど経験させられました。まず理解してもらえないし、続けられないです。
何をやるにしても内部のコミュニケーションが不足していては、どんなに良いことをやろうとしても絶対に無理!
私もコミュニケーションに関してはまだまだではありますが、おかげさまで少しずつですが経験を通し勉強させてもらいました。
コミュニケーションを良くする方法として、まずは自分から心を開くこと。
自分がオープンにしていなくて、相手がオープンにしてくれるはずがない。
「自分が変われば相手が変わる」
これこそ改善の一番大事なところかもしれない。
今日も最後まで読んで頂いてありがとうございます。
ご安全に
まだ、3回目のブログなのに何年も書いているような気がします。
(6月5日)に高千穂にて、安全運転管理者講習が行われました。その講習の中で安全講師の方が見えられる前に演台に一枚の子供の写真が立てられました。
題名が(あの世からのメッセージ)だったと思います。
講話を聞いているうちに、自分の息子さんが、今から7年前によそ見運転事故に合い、亡くなられた話でした。
当時13歳だったそうでその時の事故の状況を詳しく説明されました。
講師の方が言っておられました。
「何度も講演していますが、今でも昨日の事のように思い、涙が出ますと」
怒りと悲しみが伝わってきました。
話しを聞いているうちに、同じ子供を持つ親の気持ちが伝わってきました。
もし、自分の子供がよそ見運転の事故にあったなら、・・・・・・・考えただけでも怖い
自分もハンドルをにぎる人として、気をつけんといかんと、いつも思います。
加害者にもならない、被害者にもならないように、気を付けてます。
我が社でも、月始めに、輸送課運転手全員で毎月1回の安全会議を行っています。
先月の安全目標に対する反省から、ヒヤリハットの報告、そして、当月の安全目標をみんなで決め、絶対事故
を起こさない、又、起こさせないと思う意識作りを行っています。
皆さん6月1日から、飲酒運転に対する行政処分が大幅強化された事しってましたか?
酒酔い運転をすると、今まで25点減点が35点免許取り消し
酒気帯運転でアルコール濃度0.15mg以上0.25mg未満6点が、13点免許停止
又0.25mg以上が13点から25点免許取り消しになりましたね。
欠格期間の上限も5年から、10年ですよ・・・・・
罰金も100万円です。
皆さんも絶対飲酒運転はしないようにしましょうね。
ご安全に・・・・・
心をこめて・・・
今週も元気いっぱいのEIKOブログリレーの始まりです。
月曜日担当 【EIKO BIG SMILE KUMI】です。
今回は、弊社のハートフルな一面をご紹介します。
我が社は2年ほど前から、全社員のお誕生日に
バースディカード(はがき)を送っています。
そのカードには、会長、社長、所属長からのメッセージが
添えられています。
男性ばかりの会社ですから、面と向かっては照れくさくていえない
お祝いの言葉、日頃の労をねぎらう言葉、そして、
毎日支えてくれるご家族の皆さんへお礼の言葉・・・
心からの感謝の気持ちを綴ります。
そんなあるとき、思いもよらないうれしい出来事に遭遇します。
それは、『バースディカードをありがとうございます。』と
受け取った本人からお礼の電話や、メールを頂くことです。
“昨日我が家へ帰りましたら、妻が
『あんた お祝いのはがきが届いているよ!ありがたいことじゃねー
誕生日にはがきをもらえるのは!』
・・・なんだか照れくさい感じでした。昨夜は、家内とふたり美味しい酒を頂きました。”
“今日は誕生日のはがきをありがとうございました。
うちの母ちゃんが、このはがきを見て涙流して喜んでいました!”
それぞれの現場で日々真剣勝負を挑む我が社員達が
少々声高気味に電話してきたり、絵文字付きのメールで喜んでくれることを
思うと、私自身、涙が止まらないほどの感動がこみ上げてきます。
【安全第一】【健康第一】をモットーとする私たち。
それを陰で支えてくれる家族の皆さんがいるからこそ
成り立つのだと改めて教えてもらいました。
これからも、心をこめて社員みんなとご家族の皆さんに
バースディカードを送ります
出会い ~改善活動スタート
生まれは日之影、中、高は高千穂で育ち、現在は延岡に住んでいます。
剣道で有名な高千穂高校を卒業後、千葉県の千葉工業大学に4年、後に三菱マテリアルで1年間の修行をし、父の会社(栄高産業の親会社である[佐藤工業生コン])に入社しました。
1年ほど生コンクリートの勉強をして、それから栄高産業に移り土木現場で土木の勉強を1から学びました。
仕事上で様々な経験をさせてもらいながら15年が過ぎました。
「企業の体質改善が絶対に必要だ!その為には「5S活動」や「限界利益管理」で会社は変わる!」
と、しきりに言う先生を本能的に捕まえ
それに、人材が育ち始めてきました。(私も含めて)
改善を初めて2年がたち、会社全体のボトムアップが進む中、戸敷先生の紹介で出会ったのが
【岩永会計グループ IGブレーン】の野口先生でした。
野口先生からは「中期5カ年計画」「単年度計画」「管理会計」「MAS監査」を会社に導入してもらい、さらに「体質改善」が加速度をあげてきました。
今現在、この両先生の最強タッグに助けられ、また、社員全員の協力を頂きながら頑張ってきた結果は、「経営計画発表会」を自分たちで作り上げるまでに成長したこと。
6年前の私からは想像できないくらい変わりました。
成長してうれしいことは、全社一丸になれたこと。
人材(人財)が育ったこと。
自分たちでPDCAを回せるようになったこと。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
でも、やっぱり一番うれしいことは、全社一丸で明るく、楽しく毎日仕事が出来るようになったことです。
共に信頼し会える仲間が増えてきて、会社としてもある程度の結果が残せたとき、社長としてこれほど嬉しいことはない!
さらに頑張ろうと、強く強く思います。
厳しい冬の時代の建設業で生き残りをかけ熾烈な戦いの中にあって、最初の頃は不安しかなかった、というのが本音です。
今でも不安は山とありますが、不安ばかりで疑心暗鬼になって戦えない事に比べて、今の一緒に戦える仲間達と同じ目標に向かって戦える喜びには、雲泥の差があります。
まだまだ改善しないといけないことは沢山ありますが、改善に終わりはないので今からもやり続けていきます。
長くなりましたが、今後のブログで今までやってきた改善の様子などを、お伝えできたらなあ、と思っています。
それではまた来週!
応援ヨロシクお願いします
最初の一歩
今週からみなさんにお世話になってますEIKOブログ6人目の佐
6人のメンバーで曜日ごとに持ち回りで書いていくのですが、
佐藤こと私は、(有)栄高産業の社長でありまして、自称【
「このブログリレーをやろう」と言い出した張本人でして、
「情報発信出来るくらいの会社にしようじゃないか」
と尻を叩いてみたところ、スタートをきることが出来ました。
ただ今週のブログを見ていて、
今週はブログの「最初の一歩」ということで自己紹介をします。
私は先代から会社を任されまして5年になります。
建設産業の右肩が下がり始めてからの社長ですから、
いろいろな改善をしましたので、
1回目から長いと飽きられますので最初の自己紹介はこれぐらいに
どうぞ末永いおつきあい、お願いします。
やって やれないことはない
栄高ブログメンバーの中で1番の若手です。
この度、社内ブログを始めることになり、「ブログを書け!」
私はクレーンオペレータとして入社14年になります。
私はオペレータ以外に、
しかし、いろんな研修や経験を重ねるごとに、『やってやれないことはないな』と自信がついてきました。(もちろん、
皆さん始めまして!
栄高産業の輸送課課長と土木部土工主任を兼務しています佐藤です
この会社に入り九年目になりました。
はじめまして、金丸です!
延岡営業所、所長の金丸です。
いささか、年です。
キャラクターは、萬屋、営業マンです。
今日は第1回目なので、まずは身近なところから、
私たちの営業所がある松山町の近く、古川・岡富地区のかさ上げ、
下請けは私たち栄高産業と新和産業です。
はじめまして、工藤です!
今日担当の有限会社栄高産業 土木部の工藤です。
建設会社に20歳の頃入社してから、建設関係の仕事ばかりしてきました。
ある時、今の会社が測量をする程度の現場監督を探しているということでそれならと入社したはずが、いつの間にか土木部長という大役を引き受けて、毎日奮闘しています。
建設業界が大変な状況の中、『社会の変化』にあわせた『会社の変化』も必要である。
続けることを最大の目標として、時には自主的に、多くは尻をたたかれながら発信していきたいと思います。
仲間6人で協力していきますので、どうぞよろしくお願いします。
はじまり はじまり・・・
今日からEIKOブログ『パワフル&ハートフル』がスタートしました。
(有)栄高産業 社長・幹部が各曜日を担当し、さまざまなブログのバトンをつなげていきます。
会社のこと、私達のことなどはこれから少しずつお伝えしていくことにして、まずは第1日目 《月曜日担当》の私の自己紹介をさせてもらいます。
1週間の始まり月曜日は、自称【EIKO BIG SMILE~輝く太陽】KUMIが担当します。
社長(主人)のもとに嫁いで早8年になります。
主人とお見合い。社長の一目惚れ(!?)で、2週間後にプロポーズ、翌年2001年2月24日に結婚。現在は、主人、6歳長女(小1)、5歳次女、4歳長男の5人家族で毎日にぎやかに暮らしています。独身時代は、学校で教員をしていました。なので、まったく何も分からないまま、この世界に飛び込み、荒波にもまれながらも家族や周りのみんなに支えられ助けられ幸せな日を過ごしています
まだまだ子育てまっ最中のママです。
ブログ初心者の私達がパワー全開、愛情いっぱいに更新していきます。
メンバー紹介
先進的(!?)な2代目社長
- 名前:佐藤修一
- 職種:代表取締役社長
優しさ溢れるおかみさん
- 名前:佐藤久美
- 職種:総務部長
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